なぜエルサルバドルはビットコインを法定通貨としたのか?また法定通貨として機能するのか?

admin

暗号資産の代表であるビットコインは2008年にSatoshi Nakamotoという名を名乗る人物が論文を投稿したことにより明らかになりました。
翌年にはビットコイン最初のブロック(ジェネシスブロック)が生成されました。

ビットコインは世界中の誰にでもリアルタイムで送金できる、取引履歴が誰でも見れる、中央集権的な管理を受けないというメリットがある一方で
価格が不安定・送金ミスによるGOX・着金までに時間が掛かるといったデメリットもあります。

そんなビットコインをエルサルバドルは2021年9月に法定通貨として採用することを決めました。
なぜエルサルバドルはビットコインは法定通貨として採用したのか?また法定通貨として機能しているのか?

国際経済論、資源・エネルギー論・暗号資産の研究をしている専修大学経済学部の小川健専任教員に
有限会社グリーンアースが取材いたしました。

小川健専任教員
取材にご協力頂いた方

専修大学/経済学部
小川健専任教員
略歴
1982年12月14日生まれ。2011年に名古屋大学経済学研究科の学位認定。
2012年に広島修道大学経済科学部の教授として就任。
現在は専修大学経済学部の准教授として、国際経済論、資源・エネルギー論、
国際経済とデータ分析を担当している。
結合生産と特化パターン」にて日本地域学会 学会賞 最優秀発表賞を受賞している。「結合生産を含むリカードモデルでの特化パターン分析」では日本地域学会 学会賞 奨励賞を受賞。
論文「非技術/情報系の経済系に仮想通貨・ビットコイン・ブロックチェーンをいかに教えるか」「学部生の国際金融の教科書にも書ける、ビットコインを法定通貨にすべきでない理由
小川健公式ホームページ

ビットコインの価値は何によって決まっているのか?

「小川健専任教員による解説」

基本的に各種の価値は需要と供給で決まりますが、ビットコインの供給は自動発行される分に留まるため、需要面を考えるのが大事になります。

現状、ビットコインの需要として考えられるのは投機部分を除けば「ビットコイン自体の決済手段としての利用の需要」面よりはむしろ
「他の暗号資産のブリッジ通貨としての役目」つまり「暗号資産とその周辺における将来性」に大きく左右されて価値が決まっていると考えられます。

ビットコインの発行総量は上限が登場段階で決まっていて、そこまでの発行ペースも事実上決まっている関係で、
管理通貨制度のように供給量を調整することは出来ません。そのため、ビットコインの需要面を考えることが大事になります。

貨幣になるにはその性質を示す3要素として価値尺度・交換手段・価値貯蔵という特性があります。
ざっくりというと「測れる」「換えられる」「貯められる」という3要素なのですが、ビットコインはその価格の変動(ボラティリティ)が
大きいのでこの3要素を満たしているとは言えず、そのために貨幣では無く「投機対象として」持とうとする、と言われます。

貨幣になるために必要な要素
  • 価値尺度:測れる
  • 交換手段:換えられる
  • 価値貯蔵:貯められる

よってビットコインの需要は「投機需要で主に決まる」と従来は説明することになります。

実際に2018(平成30)年上半期には2017(平成29)年12月に付けた最高値から半年間で日本円換算で1/5以下に価値は落ちましたし、
2022(令和4)年には2021(令和3)年11月に付けた最高値から1年で日本円換算で約1/3に価値は落ちました。
(注:通常、ビットコインの価値は米ドルで測るのが本来です。米ドルでだと前者は約1/3に、後者は約1/4に価値は落ちています。)


こうした動きは投機がバブル等の崩壊で離れていった、という説明でもしないと、実需のみで説明するのには無理がある点と言えるでしょう。
ではビットコインの実需とは何か、という部分が問題になります。金(Au)等では金細工等の用途が本来は実需と言われる訳ですが、
ビットコインにはそうした用途は有りません。

しかし、ビットコインは米ドルが持つ役割のように、他の暗号資産との媒介の役割を持っています。
米ドルがマイナーな通貨同士の交換に対する媒介の用途つまり「ブリッジ通貨」としての役割を持っているため、
公式に基軸通貨と設定されなくなった後も外貨両替で測った世界の通貨流通量の4割以上を米ドルが占める「事実上の基軸通貨」となっています。

オンラインでやり取りできる形である方が動きやすい事から、暗号資産の世界ではこの役割を担うのがビットコインとなっています。
ビットコインである必要はありませんが、世界初の暗号資産であり、現在も時価総額最大となっていることを思うとビットコインが
その役割を担う形になります。

ビットコインの役割とは

他の暗号資産との媒介を行う役割を持つ。時価総額が最大であり、暗号資産の基軸通貨となっている。

価値の安定しているステーブルコインがその役割を担う可能性も有るのですが、例えば米ドルに価値を安定させた世界で最も有名な
ステーブルコインであるテザー(USDT)は日本国内に交換可能な交換業者が無いと言われています。
(注:世界最大の交換業者であるBinanceが日本に正式参入するとBinanceで交換できると考えられます)

これらの交換し易さを思うと、いつでも交換し易い暗号資産はビットコインと言えます。
そうすると、ビットコインの需要を決める点として「暗号資産の業界の将来性」が指摘できることになります。

近年はプロ投資家が参入してきたとして、株式等との相関を持ち易くなって来ている・リスクを取り易い時期にビットコインを買う動き等が出てきている
と言われますが、その裏側には暗号資産における業界の将来性を買っている場合が考えられます。

暗号資産の業界の将来性が明るければ、それらの暗号資産との交換が出来る媒介手段としてのビットコインの価値も上がることになります。

その反面、暗号資産の業界の将来性に暗雲が立ち込めるとビットコインの需要も落ちると考えられます。
2022(令和4)年11月には世界第2位の交換業者であるFTX交換業者が破綻しましたが、
こうした事案は暗号資産の交換がし難くなるため、暗号資産の業界の将来性が疑われると言え、その需要が減って価格が落ちることになります。

他にも、色々な規制が暗号資産の業界に掛かるなどでも将来性は疑われますし、そうすると需要は経ることになります。

参考:ビットコイン、昨年11月のピークから5割下落

エルサルバドルがビットコインを法定通貨とした背景は?

「小川健専任教員による解説」

(1)国際送金手数料逓減の方法の浸透、(2)ビットコインを利用した投資の呼び込み、の2点を中心に、
(3)米ドル依存での米国との関係悪化による現金確保困難な状況に陥る危険性への打開策、(4)金融包摂つまり銀行口座を持たない現金社会に対して
金融サービスの利用方法の提供という3-4点目を加えてという辺りが主な背景と言えるでしょう。

エルサルバドルがビットコインを法定通貨とした背景
  • 国際送金手数料逓減の方法の浸透
  • ビットコインを利用した投資の呼び込み
  • 米ドル依存での米国との関係悪化による現金確保困難な状況に陥る危険性への打開策
  • 銀行口座を持たない現金社会に対しての金融サービスの利用方法の提供

国際送金手数料逓減の方法の浸透

まず国際送金手数料逓減の方法の浸透から確認していきましょう。
中米エルサルバドルは2018[平成30]年時点で世界第5位とも言われる位に米国への移民送り出しの人数も多いです。

エルサルバドル国外(例えば米国など)からエルサルバドル国内への送金総額は2020(令和2)年時点でエルサルバドルGDPの約24.1%とも言われる位に
エルサルバドルにとっては巨額となっています。2010(平成22)年時点ではGDP比約16.3%であったことを思うとその重要性が増していることも分かります。

2020(令和2)年6月にIMFから出された資料でも近年(2004-2018年)の対GDP比送金依存度の高さでエルサルバドルは世界第9位となっていて、
世界でも有数の大きさであることが分かります。

国際送金手数料逓減とは

国際送金時に発生する手数料を抑えようとする動きのこと

参考:Key findings about U.S. immigrants,エルサルバドルのビットコイン法定通貨化が教えてくれる世界の送金事情,図録▽海外からの出稼ぎ収入対GDP比の各国比較,危機に瀕する移民送金

世界銀行における2021年の国際送金の解説記事を参照しておきます。エルサルバドルは現金社会であるとされ、当時の国民の7割が銀行口座を
持っていない
ことが大統領声明等でも知られています。一方で携帯電話は人口の8割が持っているとされます。

このため、金融包摂つまり金融サービスを多くの国民・在住者が受けられない環境にあることが課題となっています。
送金サービス1つとっても、銀行口座を持たない中で使える送金業者を利用することになり、送金手数料が高いことが問題視されていました。

とはいえ、例えば日本の多くの銀行とは違い、諸外国では(現金以外でに慣れていないだけでなく)銀行口座の維持手数料が掛かる部分も有り、
銀行口座を作れば、という解決方法は難しいものがあります。

参考:ビットコイン法定化から半年、エルサルバドルの今。システム不具合続出も大統領は強気,ビットコインを法定通貨に…国民7割が口座持たないエルサルバドルで法案提出へ,なぜエルサルバドルはビットコインを法定通貨にすると決めたのか

ビットコインは2013(平成25)年のキプロス金融危機におけるロシアへの送金事例を取り上げるまでも無く、国際送金手段として最初に世に知られました。
ビットコインを使うと携帯電話があれば速く送金を受け取れるだけでなく、近年のビットコインにおけるライトニング技術の進展に伴い、
送金手数料も安く済ませられるようになりました。

但し、ビットコインをそのまま送られても現金社会では使える手段が有りません。単純に紹介されても、エルサルバドル国内で米ドルに換えるとなれば、
その手数料が重荷になります。ビットコインを日常的にも使えるようにできれば、ビットコインから米ドルに換えることなく送られたそのまま使えます。
送金業者の所まで時間とバス代等をかけて取りに行く必要も有りません。

そこで、ビットコインを(米ドルに次いで)法定通貨に「加える」ことで、ビットコインを日常的に使えるようにするきっかけとすることが仮に出来れば、
ビットコインによる送金を促すことが期待できるようになります。

本章のまとめ

エルサルバドルはビットコインを法定通貨に加え、日常的に使えるようにすることで送金手数料を抑えようとした。

ビットコインを利用した投資の呼び込み

次に、ビットコインによる投資の呼び込みの点についてです。中米エルサルバドルは元々中米の工業国の位置付けでしたが、30年ほど前(1992[平成4]年)まで内戦があり、その後長い間、低成長にあえぐ時期が続いていました。

ビットコインの法定通貨化を推進したブケレ大統領が就任して犯罪率は減ったとされていますが、かつては人口当たりの殺人率が世界最悪と指摘され、
麻薬が横行する治安の悪い国と知られています。そういう状況では特に外国からの投資呼び込みはなかなか増えていきません。

参考:エルサルバドル情勢(ビットコイン関連)|在エルサルバドル日本国大使館,エルサルバドル:わずか一年間で起こった殺人の半減

ところで、当時ビットコインはその裏付け技術としてのブロックチェーンを含んだ分散型台帳技術については注目されていても、
ビットコイン自体を活用する環境を作れている国は有りませんでした。

中米ベネズエラのように自国通貨がハイパーインフレで事実上崩壊し、一部の階層でビットコインにて日常決済を行っている国は有りましたが、
ビットコインを法的に通貨として承認し、安心して利用できる環境にある国は有りませんでした。

また、ビットコインが社会に注目され出した2013(平成25)年のキプロス金融危機がキプロス政府のキャピタルコントロール(越境資本移動規制)政策に
抗う手段として使われたことや、ビットコインの思想的背景の1つにハイエク(1976)による貨幣の脱国家論が指摘されたこともあり、
ビットコインについては政策に仇をなすものとしてG20での懸念を初め、多くの国ではビットコインについて禁止や制限を加え始めています。

例えばインドネシアではビットコインは射幸性を煽る賭博としてイスラム法学者による禁止が言われています
(注:イスラム圏の全てが禁止している訳では無く、イスラム原理主義のタリバンが政権を取り返したアフガニスタンでは
ビットコインは一部使われていることが指摘されています)。

中国大陸では2021(令和3)年までにビットコインについてはマイニング(採掘)含めて禁止された結果、マイニング業者は
中国大陸から他国に移っていきました。(中国大陸も同様ですが)ナイジェリアでは自国でCBDC(中央銀行デジタル通貨)であるeナイラ(e-Naira)を発行する関係でビットコインを(実効性はともかく)禁止し、インドもこの流れに続いて(実効性はともかく)ビットコイン禁止の動きを見せています。

ワンポイント

ビットコインは、政策に仇をなすものだと考えて規制を加える国家が増えてきている

そこでビットコインを法定通貨にしてビットコインを使い易く開発し易い環境をエルサルバドルで用意することで、
ビットコインによる実験場としてのビットコインの投資呼び込みを狙ったとされています。

(この取り組みは成功しているかは別問題ですが、)ブケレ大統領も世界中のビットコインの一部でもエルサルバドルに、という趣旨の発言をしています。

米ドル依存からの脱却

それから米ドル依存からの脱却です。エルサルバドルに限った話ではありませんが、中米の国の多くが自国通貨を維持するか
(すぐ近くの大国である米国の通貨であり世界で最も良く使われている)米ドルの直接流通とするかという選択を求められています。

例えば南北アメリカを繋ぐ運河や(規制が緩い事などで)名義上の船籍を置く国として有名なパナマは元々米ドルの直接流通を選択しています。
エクアドルは2000(平成12)年に自国通貨スクレを廃し米ドル直接流通に切り替えました。

エルサルバドルもエクアドルに続いて2001(平成13)年に自国通貨コロンを廃し米ドル直接流通に切り替えました。
それから20年、エルサルバドルの国民・在住者は「法定通貨としての」米ドル現金の直接使用に慣れてきました。

一方で米ドルは米国の中央銀行がその流通量を管理しているため、米国の法律・政策に左右されます。
エルサルバドルは中国大陸と国交を結ぶために2018(平成30)年、台湾地域と断行した事も有り、米国との関係悪化が懸念されています。

現にエルサルバドルの政府高官の中には、オシリス・ルナ刑務所長官やカルロス・マロキン総務省社会機構再構築局局長、
カロリーナ・レシーノス内閣担当大統領補佐官のようにその後の2021 (令和3)年12月、汚職や犯罪組織との合意を理由に米国からの
マグニツキー法での制裁対象(米国内資産凍結・米国入国禁止)になった方もいます。それを思うと米ドルの確保が将来困難になる可能性があります。

参考:エルサルバドル政治経済月報

この打開策として他国の政府に依存しない「お金」としてビットコインに注目したと考えられます。
ユーロにしろ中国人民元にしろ他国の通貨であり、他国の政府機関などにその扱いを左右される側面があります。

対してビットコインは他国の政府機関などが管理している訳では有りません。

本章のまとめ

エルサルバドルはビットコインを法定通貨とすることで、米ドル依存から脱却し、自国通貨の価格が他国の法律・政策に
影響されないようにする対策を打った。

現金社会に対しての金融サービスの利用方法の提供

そして金融包摂の部分です。先にも述べた通り、エルサルバドルは国民の約7割が銀行口座を有していない現金社会です。
現金はその手で持っていることが唯一の所有権を示す方法であり、それが故に盗難などの場合にその証明をすることが困難な手段とも言えます。

エルサルバドルはその治安が心配されている国ですが、その理由の1つがこうした現金社会にあるとすればキャッシュレスな決済方法の導入は
大事になります。

とはいえ、例えば日本で言うSuicaや楽天Edy等をイメージして貰えば分かりますが、電子マネーなどはその国の中での利用に限られる側面が強いと言えます。

例えば(米国は元々クレジットカード社会のため電子マネーの普及は弱いのですが)米ドル対応の電子マネーなどがあったとして、
他国での利用の代物について流用してしまうと他国における判断で止められてしまう危険性があります。

カンボジアのバコンなどは(カンボジアの自国通貨リエル以外に)米ドルにおける電子決済も可能にしたカンボジアの準CBDCですが、
カンボジア国内での利用に基本的には制限されています。

そうすると、携帯電話の保有率が国民の約8割に達していることを思えば、他国の政策に依存しなく携帯電話を利用した決済方法を選ぶ必要がありました。

少し先の話になるのですが、こうした「他国による制限」は米ドルに価値を安定させた「ステーブルコイン」においても米国による規制への対応として、
同様に米国外でかつ制裁対象者の政府高官のいるエルサルバドルでは使えなくなる危険性が有りました。

実際に米国をはじめ各国がステーブルコインの規制へと本格的に乗り出したのは(無担保プログラム型「ステーブルコイン」の1つであるテラUSDの価値が崩壊した)2022(令和4)年になってからなのですが、主要20カ国(G20)の国際金融監督機関である金融安定理事会(FSB)が2020(令和2)年の段階で
「ステーブルコイン」への規制の必要性を説いた報告書を出していました。

参考:米当局、ドル裏付けの仮想通貨に銀行並み規制も,仮想通貨規制、米国でもステーブルコイン法案

これを思うと、USDコインのような「米国政府の意向で規制対応をしかねない種類の」ステーブルコインではエルサルバドルには使えません。
そこで各国政府が潰せない決済手段としてビットコインに目が向けられたと考えられます。

本章のまとめ

エルサルバドルは国民の8割が携帯を保有しているということもあり、携帯電話で決済ができるような通貨を選ぶ必要があったため、
ビットコインを法定通貨とした。

ビットコインはエルサルバドルで法定通貨として機能しているのか?

「小川健専任教員による解説」

法律上は米ドルに次ぐ第2の法定通貨であり、観光客相手としては環境整備は進みつつあります。
一方で市民・庶民まで広く浸透してはいないので、日本でいう日本円のように「支払いに使えばいつでも受け取って貰える」ということが
エルサルバドル全土でビットコインに対して広がっている等と言うことはありません。

エルサルバドルでビットコインが浸透していない理由
  • ビットコインの受け取りが技術的に困難な場合は受け取り義務が免除される法律があるから
  • 市民・庶民・国民への周知徹底を行わなかったから

その理由には様々な点があります。第1に法的な問題として、エルサルバドルのビットコイン法第12条では、技術的に困難な場合には
受け取り義務が免除されます。
このため、法的に受け取りが出来ないまま放置しておける(放置しておかれる)状況が一部にはあります。

法定通貨における法的な義務について

通常、法定通貨には、その手段で代金の支払いをされた場合には「受け取らなければならない(受け取りを拒否できない)」という法的なルール
(強制通用力)を設定
します。

日本円のお札が法定通貨となっている日本のお店と比較すると強制通用力のイメージは持てると思います。
例えば小さなお店で「お勘定」としてユーロを出したとしたら、恐らく断られますよね。

これは(ドイツ等では法定通貨である)ユーロに関して日本では強制通用力を持たないからなんですね。

例えば日本の中に開いているお店で「うちの店では英国ポンドしか扱わないから日本円のお札で代金を持ってこられても対応しません。」
ということは基本的に出来ません。

これは日本国内では日本円のお札には強制通用力があると法的に定められているからです。

この強制通用力には「支払方法」も含まれていて、例えばクレジットカードで支払いをしようとしても「うちの店、クレジットカード使えないんですよね。」と言われてしまう場合もあります。

Suica使えないんですよね、という場合もあります。クレジットカードやSuica等での支払い方法には「必ず受け取らなければならない」という義務は
無いので、受け取るかどうかはお店側の判断で決められることになります。

でも日本円の現金のお札で持ってきた場合にはそういう心配は「通常」有りません。
昔ギャグ漫画などであった例ですが、嫌がらせのために代金を全て1円玉で持ってきたという場合を考えてみましょう。

日本だと硬貨は「補助貨幣」つまり確実に使える枚数には同じ種類だと20枚まで(20枚までは受け取る義務がある)という制限があり、
代金を全て1円玉でもって来ても21枚以上を受け取るかどうかはその店が判断して良いから断ってもいい訳です。

しかし、お札にはそうした枚数制限は無いので(日本銀行法第46条)、例えば100万円の車を仮に現金で一括購入する際に
「全て1000円札で」100万円分お支払いしても構いませんし、例えば(沖縄以外では余り見なくなった)2000円札にもちゃんと強制通用力は存在するので、「全て2000円札で」100万円分お支払いしてもお店側には代金の支払いとしてなら受け取る義務はあるわけです。

もっと言えば例えば伊藤博文や聖徳太子がお札の時代の旧札などにも強制通用力はあるので、そうした全部旧札で代金をお支払いするということも
可能ではあります。もっとも、本物の旧札は額面以上の価値がある場合が殆どなのでやらないだけです。

しかし、お店の中には例えば「日本円の現金は扱いたくない」というお店もある事でしょう。
そうした現金お断りのお店ではお店の前に「現金お断り」と明示されているはずです。

これはその表示がある状態でお店に入ることで「現金お断りで契約しても構わない」という意思表示と見做せるからです

参考: キャッシュレスの店で「現金で支払わせろ」とクレーマー法的に軍配が上がるのは?

こうした表示をしていないお店で「うち、現金お断りなんです。」とは出来ません。
これが強制通用力という考え方で、日本以外にも世界各国の法定通貨に設定され、例えば米ニューヨーク市等は現金お断りを禁止する
「キャッシュレス(現金お断り)店禁止法」という法律が2020年1月に可決しています

参考: 米国で広がるキャッシュレス(現金お断り)店禁止法

ここで「強制通用力」に関してビットコインを含むキャッシュレス決済に対して設定する場合には次の問題が出て来ます。
本来、強制通用力とは「いつでも(国内の)どこでも、どの量でも」という設定が付きます。

例えば日本国内における日本円に強制通用力を定めた日本銀行法46条では日本のお札(日本銀行券)について「無制限に通用」という文言が入っています。

現金はそのままモノを受け取ってしまえば受け取りが「出来ない」という事はありませんが、ビットコインを含むキャッシュレス決済には
「決済用端末」などが(例え携帯電話のアプリとしてでも)必要になります。

そうすると(1)この決済用端末を持っていない人はどうすればいいのか、(2)決済用端末が壊れて/一時的に故障してしまった場合はどうすればいいのか、
という問題が出て来ます。

前者は端末設置支援補助などが、後者には一時的な故障に対する法的な解釈をめぐる設定が必要になります。

しかし、日本で2019年度後半にキャッシュレス決済への促進をかけてもなかなか端末機器の設置が(大手以外ではあまり)進まなかったように、
設置義務となると事実上ほぼ全額国が補助をかけるとか、かなり強硬策が必要になる部分があります。

(1)に関して、ビットコインについてはQRコードの形でペーパーウォレットを作る事が出来るので、
やり方次第では(かつて中国大陸でAlipayやWechatpayが浸透したときのように)例えばQRコードをお店に貼っておいて、とかで済む場合もあります。

但し、それだと引き出す手段を手もとに持っていない人は支払代金を直ぐ次の用途には使えない、QRコードを貼りかえられて支払代金を
盗難される危険性等の問題も残りますが、法的義務としての対処は可能です。

(2)に関してが本来は重要で、厳格に「無制限」と言ってしまうと、こうした一時的な故障についても「その間受け取れないのだから営業は出来ない」
等のことになってしまいます。

一方で「一時的な故障なら已む無し」だとしたら、支払い手段に困る事案も出てくるでしょう。
したがって、ビットコインを含むキャッシュレス決済に関する「強制通用力」には簡単に「法律の条文で書けば良い」訳では無い少し難しい問題があります。

エルサルバドルでは「技術的に困難な場合は」受け取り義務を免除する、ということにして、事実上は強制通用力と言えない状況にビットコインを置いた
(なので多くの人は2001年から法定通貨としての直接流通が法的にも認められた米ドルの現金を使う)、そのため日常に浸透とは行かない法的な(ないし端末設置支援という制度的な)問題を抱えていて、日常生活においては「法定通貨として」機能しているとは言えないことになります。
 
第2の点として、エルサルバドルではビットコイン法を施行する際に2021年の6月に決定してから9月に施行するまで、
市民・庶民・国民への周知徹底は殆ど行われていなかった部分があります。エルサルバドルは2021年のビットコイン法可決段階で国民の7割が銀行口座を持っていません。

米ドル現金を直接使い続けている国にいる人に対してビットコインを使えるようにするためには本来、
「現金以外に代金受け渡しや価値の貯蔵・保存が出来る方法があること」と「ビットコインは米ドルと為替レートが変わること」この2段階のハードルの両方を理解させる必要があります。

これらについては説明なしに理解出来るものでは通常有りません。

中国大陸は暗号資産の関連事業がすべて禁止される一方で、暗号資産が法定通貨として認めれられる国もある。扱いに開きがあるのはなぜか?

一部には宗教的な理由などもありますが、自国通貨に対する金融政策が取れる度合いの差が理由として大きいと思われます。
また、投資誘致や外国(特に米国や国連などの)制裁回避を目的としている事案も考えられます。

暗号資産の扱いが国により開きがある理由
  • 自国通貨に取れる金融政策は国により開きがあるから
  • 国策として暗号資産を取り入れることで、国外からの投資誘致を狙う国があるから
  • 暗号資産を保有しておくことで、経済制裁を回避しようとする国がいるため

そもそもビットコインはハイエク(1976)の貨幣の脱国家論を思想的な背景の1つとしているという指摘があるように、
暗号資産の代表格であるビットコインは法定通貨に採用しても貨幣流通量の増減という金融政策が取れない代物です。

そのため、自国通貨に対する金融政策が取れるかどうかでそもそもの在り方は根本的に変わります。

例えば(インドもそうですが)ナイジェリアや中国大陸では元々自国で通貨を持ち、自国で通貨を管理できる国です。
こうした国からするとビットコインを法定通貨に加えることで通貨管理が出来なくなる弊害の方が大きくなってしまいます。

こうした国ではインドネシアのように「イスラム法で」禁止されている、等の宗教的な理由を持ち出す場合の他はCBDC(中央銀行デジタル通貨)を発行し、
その流れの中で「CBDCを普及させるために」ビットコイン等を禁止するなどの未来が考えられます。
(禁止する必要はないのですが、ビットコインは進化の過程において生み出された失敗作として、というストーリーと考えると理解し易くなります。)

CBDCの必要性を感じていないなら、ビットコイン等の暗号資産による取引を法的に確認して、管理や税金をかけるという在り方を
取るということが考えられます。

これに対し中米エルサルバドルは法定通貨としての米ドル直接流通であり、中米バハマは米ドルと固定為替レートを取っていて、
そもそも両国とも国として金融政策を取れません。

またカンボジアは自国通貨も有りますがあくまで補助貨幣のような位置付けで、米ドルが事実上直接流通しています。

(1)バハマでは自国でCBDCを導入可能として世界初のCBDCであるサンドダラーを導入しましたが、その普及は殆どうまく行っていません。
リテラシー等の教育が大きな課題であるとの指摘も出ています。

(2)カンボジアでは国として準CBDCの「バコン」を導入して米ドル・自国通貨リエル共に電子決済を可能にし、それに合わせて乱立していた電子決済を
事実上強制的にバコンに統一した関係で或る程度普及しました。

元々バコンは米ドル流通に対し自国通貨リエルの復権を狙ったものとされていましたが、規格収れんは出来ても米ドルの普及に歯止めはかけられてはいなく、むしろ米ドルに対する「国による電子決済のカンボジア国内での導入」と考えられます。

(3)エルサルバドルでは米ドル以外の選択肢導入等様々な目的からビットコインを法定通貨に加える政策を行ったのですが、リテラシー教育が充分とは言えず、その普及は一部に留まっています。

参考:バハマのデジタル通貨、発行1年で普及せず促進策課題

世界で2例目のビットコイン法定通貨化の国となった中央アフリカ共和国については元々周辺諸国と同じ通貨であるCFAフランを採用していますが、
中央アフリカを含む6か国で使われているCFAフランを発行しているCOBACは元々暗号資産の禁止を通達していて、政策の齟齬が生じています。

ここについては、中央アフリカは独自の暗号資産(トークン)「サンゴ・コイン」を発行し、そのためにビットコインに対する
サイドチェーン「Sango」を立ち上げ、ビットコインに価値を安定化させたラップドトークン(暗号資産担保型ステーブルコイン)s-BTCを用意し、
ビットコインをSangoに入れることで手に入れたs-BTCがサンゴコインに交換可能な形にされるとしています。

これについてはベネズエラがかつて国家初のICO(Initial Coin Offering)で国家発行の暗号資産「ペトロ」を発行し、
(ベネズエラの石油をちらつかせた形で)ペトロを渡す事によりビットコインなど他の暗号資産を手に入れ、米国の経済制裁を回避しようとしたことに
類似する
ものと考えられます。

中央アフリカ共和国は世界でも10か国近くしかない「国連武器禁輸国」に指定されています。

制裁対象に指定されている方の中にはポジゼ元中央アフリカ共和国元首などもいて、制裁に対する回避策から中央アフリカ共和国では
ビットコインによる投資誘致を狙っている
と考えられます。ちなみにベネズエラのペトロは事実上失敗に終わっています。

今後もビットコインを法定通貨として認める国は増えていくのだろうか?

発展途上国に一部出てくることは考えられますが、一部を除き中米エルサルバドルでのビットコイン法定通貨化は「失敗」と結論付ける動きが多く、
IMFの中止要請や世界銀行の融資拒否の事例を見ても、世界の多くの国がビットコインを法定通貨に認める形にはならないと考えられます。

世界で初めてビットコインを法定通貨に「加えた」中米エルサルバドルにはIMFから見直し(中止)要求が出ていますし、
世界銀行からはビットコインを法定通貨に加えたことを理由として支援拒否の声が出て来ました。

参考:エルサルバドルのビットコイン通貨、IMFが見直し要求,世銀、ビットコイン法定通貨化のエルサルバドル支援を拒否

そもそも世界で初めてビットコインを法定通貨に「加えた」中米エルサルバドルについても一部観光客向けへの整備は行われた面はありますが、
一般の民衆への浸透は出来ているとは言えません。

実際には一般の民衆へのリテラシー教育が充分に行われていなかったから、でありこれから再教育していけば今からでも巻き返す事は本来的には出来ますが、
2022(令和4)年12月時点で中米エルサルバドルにおけるビットコインの法定通貨化は「失敗だった」と結論付ける動きが一般的です。

参考:やはりビットコインは信用ならない…法定通貨を切り替えたエルサルバドルが陥った「暗号資産の落とし穴」

その状況の中で他国にて追随する国は多く無いと思われます。

例えば南米パラグアイについては当初、エルサルバドルのビットコイン法に追随した法整備がなされるのではないかと一時報じられましたが誤報と分かり
「デジタル資産の派生事業における法的・金融・財政の確実性を確立するもの」として暗号資産の登録制度を設けるものとされています。

少なくとも2022(令和4)年12月の段階でビットコインを法定通貨に加えるとした国は中米エルサルバドルの他には中央アフリカ共和国など限られています。

参考:ビットコイン法定通貨化で生活に変化。国民の7割が銀行口座を持たないエルサルバドルで今起きていること,ビットコイン法定化から半年、エルサルバドルの今。システム不具合続出も大統領は強気

繰り返しになりますが中央アフリカ共和国は世界で10か国位しか無い、アフガニスタンやソマリア、南スーダン、DPRK(朝鮮)等と同様の
「国連武器禁輸国」に指定されています。

参考:安全保障貿易管理

そもそも、1つの国だけ「自国通貨を廃して」ビットコインを「唯一の」法定通貨にすると米ドルやユーロ、日本円、中国人民元などの主要通貨に対して
価値が動く変動為替レートになりますが、変動為替レートで短期的な景気対策として大切な「裁量的な通貨流通量の調整による金融政策」が中央銀行として
取れなくなる問題があります。

そのため、1つの国だけそのような措置を取ると景気が悪くなったら構造改革が進むまで不景気に耐える必要があり、
そのような政策には妥当性を持ちません。
参考:学部生の国際金融の教科書にも書ける、ビットコインを法定通貨にすべきでない理由

実際にそのような国は2022(令和4)年12月時点で無く、エルサルバドルは米ドルに「加えて」ビットコインを法定通貨にしている状況であり、
中央アフリカ共和国も自国通貨を「残したまま」ビットコインを法定通貨に加えました。

加えて、ビットコインが一部の層だけでも一般の日常生活に使われている国・地域はと考えると、例えばベネズエラのように
自国通貨ボリバルがハイパーインフレで価値が崩壊し、日常使用に耐えられない等、自国で使っている通貨に対する信用が無くなっている事例などが
理由として考えられます。

中米エルサルバドルでは投資誘致等の観点でビットコインを法定通貨として維持する形は現在のブケレ大統領の在任中は
(財政破綻でもしない限りは)取るでしょうが、エルサルバドルは米ドル直接流通を20年続けていて、自分達の使っている米ドルに対する信頼がない状況ではありません。

そうすると、米ドル現金社会であるエルサルバドルにおいてビットコインを法定通貨に加えることへの必要性を国民・在住者の多くが
感じにくい構造となっています。

実際、ビットコインの浸透とウォレットの保有の観点でエルサルバドルにおいては国産ウォレットCHIVOについて当初、
30米ドル相当のビットコインを入れてのばらまき政策を行っています。

しかし、そのCHIVOは(その後だけではなく)一般配付開始当日にもトラブルがありました。CHIVOの一時利用制限をかけている間に
ビットコインの価値は一時約20%下がりました。

ビットコインは米ドルと価値が常に変動するというリテラシー教育もされていない一般の民衆からするとその段階で米ドルに変えてしまった場合、
約20%目減りして受け取ることになり、ビットコインとは信用ならないものだ、という印象を持ってしまった事でしょう。

実際に、その配付されたビットコインを米ドルに換えて引き出したら後はポイ、という事例なども報告されています。
そして、採用すべきは本当にビットコインだったのか、という点についても検証が必要です。

そもそも、米ドル現金社会である中米エルサルバドルにおいてビットコインを法定通貨とするには(1)キャッシュレス決済の導入と(2)米ドルと価値の変わるビットコインの取り扱い、の2つの段階を理解させる必要があります。

エルサルバドルにおいてビットコインを法定通貨とするのに必要なこと
  • キャッシュレス決済の導入
  • 米ドルと価値の変わるビットコインの取り扱いの理解

(1)については日本でも例えばSuicaの導入に際しては「タッチアンドゴー」のCMなど、キャッシュレス決済の導入には相応のリテラシー教育が必要でした。

日本でATMが利用されている理由の1つが、使用している日本円で額面を減らすことなく預けておけるから、という部分がありますが、
エルサルバドルでも置かれているビットコインATMは米ドルでは無くビットコインに変換して保存し、米ドルに換えて引き出すのでその間に価値が変動します。価値が目減りすることもあります。

この部分を対処するには本来、為替リスクを自身で管理できる「デリバティブ取引」が行える「ビットコインの先物市場」をエルサルバドルでも整備し、一般の人も普通に使える様に教え理解させることが大事です。
リテラシー教育無しで浸透する代物ではありません。

参考:ビットコインの法定通貨化における意義と問題点

一方で国とはまだ言えませんが、ミャンマーの(軍事クーデター政権では無く)旧民主化勢力の残党が結成したミャンマー亡命政府は
(ビットコインでは無く)米ドルに価値の安定を図ったテザー(USDT)を法定通貨に加えることを決めました。

テザーなら米ドルとの価値の変動は(一部の事案を除けば)殆ど気にしなくても良い「ステーブルコイン」です。

米国がステーブルコインへの規制を決めた際に、新興のステーブルコインのUSDコインが早々と賛同表明をしたのに対し、
テザーは(かつて裏付け資産の使い込み発覚で一時価値が変動した事があったせいか)そうではありませんでした。

エルサルバドルは米ドル直接流通地域ですから、米ドルに価値を安定させたステーブルコインの方が浸透し易かったでしょう。

仮にエルサルバドルがビットコインでは無くテザーを法定通貨に加え、テザーは米ドルと「価値が同じ」という風に国民・在住者に粗く説明したとしたら、
(1)のキャッシュレス決済・携帯電話による金融包摂の部分だけで済んだものと思われます。

その方が為替リスクを気にしなくても良くなり、浸透したのではないかと思われます。