光る生き物と生物学者の世界|大人版 好きなことで生きていく

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大場裕一教授
取材にご協力頂いた方

中部大学 応用生物学部 環境生物科学科
大場裕一教授
略歴
北海道大学理学部卒。
総合研究大学院大学 生命科学研究科 分子生物機構論専攻修了。
2007年名古屋大学 大学院生命農学研究科 助教を経て、
2019年より中部大学応用生物学部教授。発光生物学を専門として研究している。
昆虫DNA研究会の代表幹事も務める。
著書
世界の発光生物―分類・生態・発光メカニズム昆虫たちの不思議な性の世界
光る生き物の科学―発光生物学への招待等多数。
受賞歴
第5回日本珍菌賞
発光生物学研究室
論文:ホタルが光る仕組みとその進化 (特集 DNA昆虫学最近の進歩)
ヘイケボタルは、またたきで会話するなど

大場先生が生物学者を志したきっかけはなんでしたか?

大場裕一先生による解説

はい、きっかけといえば、そもそも私は子供のころからムシと魚が大好きでした。小学生の頃はムシ捕りと魚獲り、中学生の頃は魚釣りの毎日です。
まあ、よくいる生き物好きの少年ですね。実家は山形県の田舎で、生き物はいくらでもいました。

近くの川にはホタルもいましたが、そのときは「光るなんて変わった虫だなあ」くらいにしか思っていませんでした。
しかし、高校に入ってからは、そんなムシ捕りや魚釣りばっかりしていてはダメだと思い、勉強と部活に励みました(弓道部です)。

勉強では化学が得意だったので、大学では化学をやろうと決めました。化学は、工業にも薬学にも役に立つじゃないですか。
だから、化学が得意だからそういう道に行こうと。大学というのはそう言う役に立つことを学ぶところだと思っていました。

ですから、子供の頃の生物に対する興味は、この頃にはすっかり忘れていました。なので、高校では生物の授業をとっていません。
大学でも生物の授業はまったく取りませんでした。

大学に入って化学科に進みましたら、とある授業中に、先生が、自分は発光生物の研究をしているというんです。
そんなことをして何になるのかなあと思って、授業のあとに話を聞きに行ったんです。

「なんで発光生物の研究をしてるんですか?」って。そうしたら、その先生が「だって、面白いじゃない、生き物が光るなんて」と言うんです。

それを聞いて、子供の頃の生き物が大好きだった記憶がブワーっと蘇ってきて、えーそんな理由で研究していいんだと気が付いたんです。
その瞬間に、私はこの先生のところで研究するんだって決めてしまいました。

これが私が生物学を志したきっかけです。高校と大学で生物学を学んでいない生物学者です。

その後は発光生物ひと筋です。と言いたいところですが、実は博士課程のときに他の研究に目移りして、6年間ほど別なことを研究しています。
魚類の研究です。中学生の時に夢中になった魚釣りの延長ですね。だから、私の博士号は発光生物ではなく魚類の研究です。

その後、大学に職を得てから再び発光生物の研究に戻り、それからは本当に発光生物ひと筋、今年で発光生物の研究歴23年になります。

発光生物学研究室

出展元:発光生物学研究室

発光生物の研究を続ける原動力は何でしょうか?

大場裕一先生による解説

原動力は、大学生のときに先生に言われた「発光生物って面白いでしょ」そのまんまです。
発光生物は、いくら研究しても「不思議だなあどうしてだろう」という疑問がつぎつぎと湧いてきて、これがまた次の研究の原動力になります。

大学の研究者というのは、お役所の仕事とか動物園の仕事とかと違って、本人がやりたければずーっと同じことを研究しててもいいんですね。
だから、新しい発見がある限り、私はこの研究を続けています。

また、私の新しい発見が新聞や雑誌に載ると、今度はそれを読んだ子供や大人が「ホタルって不思議がいっぱいだなあ」という具合に、
生き物に対して科学的な興味を持ってくれます。

こういう点は、誰もが興味を持ってくれる発光生物という対象の特権ですね。ホタルを知らない人はいないですし、ホタルを綺麗だなあと
思わない人もあまりいないでしょう。そうして、私の研究が、子供や大人の皆さんに科学の面白さを知ってもらえるきっかけになるならば、
そんなに嬉しいことはなく、またいっそう研究に力が入るのです。

発行生物

出展元:発光生物学研究室

最近の研究テーマと、興味深い感じた発見をご教授頂けますでしょうか?

大場裕一先生による解説

最近は、ホタルの光り方の意味を探る研究をしています。ホタルが光る理由は、オスとメスのコミュニケーションだということは、よく知られています。
しかし、詳しく調べてみるとそう単純ではないことがわかってきました。

実は、ヘイケボタルの場合、未交尾のメスと交尾済みのメスでは光り方が少し違います。このときオスは、未交尾のメスの光り方を見分けて接近し、
逆に交尾済みのメスには近づいていかないことを、野外観察とLEDで作った電子ホタルの実験から明らかにしました。

ヘイケボタルのまたたき

出展元:発光生物学研究室

このようにホタルの光の会話の意味を深く理解することは、単に興味深い・面白いというだけではなく、近年減りつつあるホタルの保全活動にも
ヒントを与える
と思います。

もうひとつ、キンメモドキという発光する海の魚の発光の仕組みを研究したところ、思いがけない発見をしました。

キンメモドキは、ウミホタルという発光する甲殻類を食べることでウミホタルの光る酵素を手に入れて光っていることがわかったのです。
これがどうスゴいかというと、「生物は口から食べたタンパク質をそのまま使うことができない」という生物学の常識を覆したからです。

たとえば、食べた牛肉のタンパク質がそのまま私たちの筋肉になることはありません。すべて私たちの胃で消化されてアミノ酸にまで分解されてから
腸で栄養として吸収され、私たちの筋肉のタンパク質が作られる際には、あらためてそのアミノ酸を材料に作られるのです。

もちろん、研究を始めたとき私たちはこんな予想外の結果を想定していませんでした。これだから科学は面白いんです。

現在、タンパク質性の薬は、口から飲んでも胃で消化されてしまうので皮下注射する必要がありますが、キンメモドキの持っているこの仕組みを
利用すれば、将来、タンパク質性の薬を経口投与できるようになるかもしれません。

キンメモドキと言う小さな魚が、注射の苦痛から私たちを解放してくれるかもしれないのです。

キンメモドキ

出展元:共同発表:餌生物から酵素を盗み利用する生物を発見~キンメモドキは食べたウミホタルの酵素をそのまま使って発光する~国立研究開発法人 科学技術振興機構

仕事や学習に没頭したいと悩むビジネスパーソンに向けて、アドバイスはありますか?

大場裕一先生による解説

私自身、好きな研究に没頭できることの幸せを感じつつ、それを続けてゆくためには新しい発見の成果を出し続ける第一線に常に居なくてはいけない
というプレッシャーも、それなりに意識して研究活動をしています。

しかも、自分が何か新しいことを発見しても、それを世界の誰もが納得できるようなデータとして示さなければ世界は認めてくれません。

さらに、世界の他の誰かに先を越されてしまったら、たとえどんなにすごい発見でも、2番目に見つけた人というだけで誰も評価してくれません。
かくいう私も、何年もかけて研究してきた成果が、外国の研究者に先を越されて悔しい思いをしたことが何度もあります。

好きなことをやっていて気楽そうに見える私たち科学者にも、私たちなりの苦労があるんです。ビジネスパーソンの皆さまにも、そういった苦労は
理解していただけるんじゃないでしょうか。

楽しいことを続けられるように努力する。その努力が実れば楽しいことが続けれられる。その連鎖をストップさせないことが重要で、
それはビジネスの世界にも通じることだと私は思っています。

大場裕一教授

最後に発光生物はセンシング技術に繋がると言われていますが、大場先生のお考えをご教授いただきたいです。

大場裕一先生による解説

発光生物の研究は、確かに楽しくて面白くて、不思議がいっぱいです。

それをひとつひとつ解くことが私の研究の原動力になっているんですが、発光生物の研究は、実は、楽しくて面白いだけではなく、
いろいろな先端技術にも役に立っている
んです。

例えば、基礎医学。病気の原因となる遺伝子の働きをモニターする技術にも、発光生物の光が使われています。
発光生物は人間には不可能な「光を作る」というすごいことをやっています。

そのスゴ技の仕組みを発光生物に学ぶことで、私たち人間がそれまでできなかった技術に応用することができるのです。
まあ、そう言うとカッコ良いいですが、やっぱり私は発光生物の研究が楽しくて面白いから、昨日も今日も、毎日発光生物のことばかり考えているんです。